仙台高等裁判所 平成5年(行コ)11号 判決
控訴人
株式会社ヒノヤタクシー
右代表者代表取締役
大野泰一
右訴訟代理人弁護士
大沢三郎
被控訴人
岩手県地方労働委員会
右代表者会長
畑山尚三
右指定代理人
藤原博
砂子沢勝男
熊谷淳一
松岡博
被控訴人補助参加人
全国自動車交通労働組合連合会岩手地方本部盛岡支部ヒノヤ分会
右代表者執行委員長
藤田良文
右訴訟代理人弁護士
石橋乙秀
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一申立
控訴人は、「原審を取消す。被控訴人が岩労委昭和六三年(不)第三号不当労働行為救済申立事件について、平成三年三月一九日付でした命令を取消す。訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
第二事案の概要
次に補正し、当審の主張を付加するほか原判決同標目欄記載のとおりである。
一 原判決の補正
1 原判決二枚目裏九行目の「いる」の次に「(甲第一号証、乙第四号証、弁論の全趣旨によれば、補助参加人が本件救済命令申立をした昭和六三年一一月二二日当時、控訴人の従業員は約二四〇名であり、補助参加人の所属組合員数は九九名、別組合のそれは約一〇〇名であったことが認められる)」を加える。
2 同六枚目裏九行目の「と解することはでき」を「わけでは」と、同八枚目表初行の「再計算」を「計算」とそれぞれ改める。
3 同一〇枚目表五行目の「多額」の前に「より」を、同七行目の「公平」の次に「を失し合理的」をそれぞれ挿入する。
4 同一三枚目裏九行目の「血液及び医師の輸送」の次に「は、急患の手術、輸血等救急医療としてなされる緊急かつ重要なものであるだけに輸送に過誤や遅延は許されず、より強く迅速さと確実性が要請されるので、これ」を挿入する。
二 当審における控訴人主張の骨子
1 原判決理由の齟齬と不備
原判決は、控訴人が昭和五八年八月補助参加人との間で賃率を五〇パーセントから四八・五パーセントに改訂したのは、年休を全部取得することを前提として計算した二・一一パーセントの補償分を協議交渉の結果一・五パーセントに圧縮して定めた結果であるとの控訴人の主張を採用できないとしながら、他方で、昭和六二年に別組合所属乗務員の賃率を五一パーセントに引き上げたことに合理的理由がないとして排斥した箇所で、右主張どおりの事実を認定しているのは、理由齟齬であり、かつ、右主張を裏付ける証拠としては原審証人大野尚彦、同大野耕平の証言しかないから、前の箇所でこれを信用できないとしながら、後の箇所で右の如き認定をしたのは、証拠に基づかずにしたことに帰し、理由不備の謗りを免れない。
2 賃率
年休補償を考慮に入れた賃率を算定するに当たっては、年休が労働者の権利であることからしていつでも請求して行使することが可能であること、また補助参加人所属乗務員の年休消化率が、昭和六三年度五七・八九八パーセント、平成元年度六八・九八七パーセント、平成二年度八三・二五五パーセントと僅か数年の間に大きく変化し増大しているので、右の動向及び年休制度の趣旨目的に照らして、不動の所定年休日すなわちその全部の行使を算定の基礎的条件とすべきである。そうすることにより賃率の安定性が保たれることになり、妥当である。
3 長距離配車
長距離輸送は、長い時間客と狭い車室を共有することになるので、乗務員の性格、接客の得手不得手、会話の好き嫌いなど、乗務員の個別的特性によってはこの乗務は一概に楽とはいえず、かえって精神的負担ないしは苦痛を伴うこともある。従って長距離は短距離に比べて精神的負担が少ないとの原判決の見解は独自のものであり、これを前提として補助参加人所属乗務員が長距離配車を受けないというだけで不利益扱いを受けたとは到底いえないのである。
第三争点に対する判断
次に付加訂正するほか原判決の説示と同じであるので、これを引用する。
一 本案前の争点について
原判決一八枚目表三行目の末尾に「なお、本件ポストノーティス命令については、控訴人が既にこれを履行しているので、救済命令後の事情変更となり、その取消を求める訴の利益が消滅しているのではないかとの疑問が生じないわけではない。しかしながら、引用にかかる原判決第三の一で説示した如く、救済命令の取消訴訟は、規定上これを履行しつつ提起するほかないと解されることや、不当労働行為がなかったとの理由により救済命令が取消された場合には、その旨掲示するなどして事実上或程度の原状回復をなしうることなどに鑑みれば、控訴人が右命令を履行した後であるからといって本件訴の利益が消滅することにはならない。」を加える。
二 本案の争点について
1 同一九枚目裏六行目の「一六日」を「一三日」と訂正する。
2 同二〇枚目裏一〇行目の「合理的」から一一行目の「おり、」までを「その内容自体大きく変遷しているが、変遷の事情につき具体的・詳細な説明がないので、右変遷した主張に沿う」と改める。
3 同二一枚目裏三行目の「本件紛争」から「重要な」までを「たとえメモ程度のものとはいえ殆ど唯一の根拠となる」と改め、同六行目の「できず、」の次に「他にこれを認めるに足りる証拠はないので、」を挿入し、同末行の「は何らなかったものであるところ」を「とはされていなかったのに」と改める。
4 同二二枚目裏四行目の「右差別的な賃率の引き上げは」を「結局別組合に対してのみ賃率を引き上げたことは」に改め、同八行目の「賃金格差」の前に「そもそも」を、同一〇行目の「九号証」の次に「原審証人大野尚彦、同大野耕平の各証言」をそれぞれ挿入する。
5 同二三枚目表二行目の「実質賃率」の次に「(なお、右試算方法によれば、標準報酬日額は、乗務員個人ごとに異なるので、これに応じて実質賃率も当然或程度変動することになる。以下「実質賃率」とはその平均を示す意味で用いる)」を、同九行目の「他方、」の次に「年次有給休暇を与えないときの歩合給が五〇パーセントであるとする限りにおいて」を加える。
6 同丁裏二行目の「すればするほど」を「するのに比例して」に改め、同四行目から同五行目及び同二四枚目表二行目の各「仮定すればするほど」を削除し、同四行目から五行目の「年次有給休暇の補償」を「対してのみ年次有給休暇取得に基づく補償の制度を設けてその金額」に改め、同七行目の「越えていた」の次に「と認識されていた」を挿入する。
7 同面五行目の「収入の確保の」を「少しでも多くの収入を確保する」に改め、同一〇行目の「ある。」の次に「また、原審証人大野耕平の証言によれば、補助参加人所属乗務員が現実に取得した年次有給休暇日数は、例年付与した日数の約半分程度であることが認められる。」を加え、同じ行の「今となって」を「実情とは異なる」に改める。
8 同二五枚目表七行目の「年休」の前に「有給休暇を全部取得した場合を前提とした」を、同九行目の「できず、」の次に「引用にかかる原判決第三の二1(一)のとおり」を、同丁裏四行目の「多額の」の前に「より」をそれぞれ挿入し、同五行目の「さらに」から八行目の「強いられ」までを「したがって、通常の乗務における収入は相対的に少くなるので、その分を補おうとすれば、乗務員は自らを過重労働の状態に置かざるをえなくなり」と改める。
9 同二六枚目表三行目の「相当」を「格段」に、同四行目から同五行目の「観光要員」を「選任された者」に、同一〇行目の「が選任され」を「を選任し」に、それぞれ訂正する。
10 同二七枚目表六行目の「されていた」の次に「(因みに昭和五九年に選任されたものは二十数名である。)」を挿入する。
11 同二九枚目表八行目の「間では、」の次に「当初」を挿入する。
12 同三六枚目表四行目の「乙二五九、二六〇号証」を「乙第四五九、第四六〇号証」にそれぞれ改める。
三 当審における控訴人の主張に対する判断
1 原判決理由の「齟齬、不備」
昭和六二年五月一三日に控訴人が別組合との間で賃率を一パーセント引上げた理由に関して、原審は、昭和五八年に補助参加人所属乗務員に支給することとした年休補償を含む実質賃率との格差を是正しようとして右の引上げをしたのであるとの控訴人の主張を排斥し、尚彦課長及び耕平専務の右主張に沿う各供述を採用できないとしただけであり、年休補償の事実があったこと自体と、この点に関する右各供述の信用性を否定したわけではないので、原判決の理由に齟齬や不備があるのでないことは明らかである。
2 賃率
訂正の上引用した原判決説示のとおり、控訴人が昭和六二年に別組合の賃率のみを五一パーセントに引上げた理由に関する控訴人の説明そのものが変遷しており、その変遷した事情について個々具体的な経緯が詳らかにできないので、少なくともその時点では合理的な理由はなかったというべきである。また、控訴人は年休補償額を算定する際は全部の年休を利用することを前提とすべきであると主張するが、他方で昭和六三年度においてすらその行使率が五七・八九八パーセントに留まっていることを自認しているのであり、原判決別紙4の試算方法によれば年休の利用・行使率が低いほど賃率がより低くなるから、全部の利用を前提として算定すれば、補助参加人所属の乗務員が現実に得る稼働収入とは掛け離れたものとなり、その結果右乗務員にとっては年休の全部を利用した場合に比して不利となってしまい、妥当ではない。したがって控訴人の賃率に関する前記主張は採用できない。
3 長距離配車
同じく原判決説示のとおり、長距離輸送の配車を受けることによって確実・容易により多くの収入を得易くなるのは推認するに難くなく、したがって長距離輸送業務に従事する機会が少ないほど同じ収入を得るためにはこれに従事する機会が多いときに比し前記のように自らに過重な労働強化を課さなければならないことになり、更に、もともと長距離・短距離を問わず、タクシーやハイヤーの乗務に伴う肉体的、精神的負担は場合、場合によって異り、いずれが重く、いずれが軽いとも断定できないので、この点に関する控訴人の主張も、採用できない。
四 よって、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林啓二 裁判官 信濃孝一 裁判官 小島浩)